1万7千を超える島々からなるインドネシアには、数百もの言語が話されているといわれます。そんな多民族国家で、共通語インドネシア語がどう機能しているのかを見ていきましょう。
数百の地方語が共存する国
ジャワ語、スンダ語、バリ語——インドネシアには島や地域ごとに独自の言語が根づいています。家庭では地元の言葉、学校やメディアではインドネシア語、というように使い分ける人も少なくありません。
「多様性の中の統一」という国是
インドネシアの国是は「Bhinneka Tunggal Ika(ビネカ・トゥンガル・イカ)=多様性の中の統一」。国章にも刻まれるこの言葉が示す通り、多様な民族と言語を尊重しながら、ひとつの国としてまとまる姿勢が大切にされています。1928年の「青年の誓い」で「ひとつの言語、インドネシア語」を掲げたことが、共通語としての普及の大きな一歩になったといわれています。
ジャワ語だけでも話者数は世界有数
数百ある地方語の中でも、ジャワ島で話される「ジャワ語」は話者数が非常に多く、世界の言語の中でも上位に入る規模だといわれています。ジャワ語には話す相手との身分や親密さによって語彙そのものが変わる「敬語レベル」の仕組みがあり、目上の人に使う丁寧な言葉遣い「クロモ」と、親しい間柄で使う「ンゴコ」では、同じ意味でもまったく違う単語が使われることもあります。共通語インドネシア語がこうした複雑な敬語システムを持たないシンプルな設計であることも、全国的な普及を後押しした理由のひとつだと考えられています。
なぜジャワ語ではなく、マレー語がベースに選ばれたのか
話者数がもっとも多いのはジャワ語であるにもかかわらず、独立運動の指導者たちが国語の土台に選んだのは、当時は少数言語だったマレー語でした。ジャワ語を国語にすると、人口最大の民族であるジャワ人が言語的に優位に立ち、他の島々の人々の間に不公平感が生まれかねない、という配慮があったといわれています。また、ジャワ語には複雑な敬語レベルがある一方、マレー語は比較的シンプルな文法体系を持ち、非母語話者にも学びやすいという実用面のメリットもありました。この選択が、多民族国家インドネシアをひとつにまとめる大きな鍵になったと考えられています。
旅行者にとってのインドネシア語
地方語は数百あっても、インドネシア語はマレー語をベースにした比較的学びやすい文法を持ち、全国どこでも通じる共通語。旅行で学ぶなら、まずはこのインドネシア語から始めるのが安心です。地元の人に「ここでは何語が話されていますか?」と尋ねてみるのも楽しい会話のきっかけになります。
アジコトのレッスンでは、この共通語としてのインドネシア語を基礎から紹介しています。
統一の裏側で進む、地方語の消滅危機
共通語インドネシア語の普及は、国をひとつにまとめるうえで大きな役割を果たしてきた一方、その裏側でもうひとつの現実も進んでいます。国内には700を超える言語が存在するとされ、これは世界的に見ても2番目に言語数が多い国だといわれるほどですが、その中の100以上の言語が、すでに消滅の危機に瀕している、あるいは話者を失ってしまったとされています。特に生物多様性の宝庫としても知られるパプアやマルク諸島の地域では、都市部への人口移動やインドネシア語への同化が進み、地方語を話す若い世代が減っているのが実情です。こうした状況を受けて、インドネシアの教育文化省は地方語での出版物の発行や、家庭内での地方語使用の呼びかけ、地方語を使った演劇や詩の催しなど、言語の継承を後押しする取り組みを進めています。旅先で地元の言葉に触れることは、単なる旅の思い出以上に、こうした多様な言語を未来へつなぐ小さな後押しにもなっているのかもしれません。
「トランスミグラシ」――島から島への移住政策
インドネシアの言語分布を語るうえで見逃せないのが、「トランスミグラシ」と呼ばれる人口移住政策です。もともとはオランダ植民地時代、人口が過密なジャワ島やバリ島から、人口の少ないスマトラ島やカリマンタン島などへ住民を計画的に移住させる政策として始まりました。独立後はスカルノ政権のもとで政策として復活し、ジャワ島の過密緩和や、他の島々の未開発地域の労働力確保を目的に、長年にわたって実施されてきました。この政策によって、ジャワ語やマドゥラ語を話す人々が国内のさまざまな島に移り住むことになり、もともとその土地にあった言語との共存や混ざり合いが進むきっかけのひとつにもなったといわれています。旅先でジャワ島から遠く離れた島にもかかわらずジャワ語のコミュニティに出会うことがあるとしたら、こうした歴史的な人口移動の名残かもしれません。
オンライン化が進めても、変わらない多言語の日常
近年はテレビやSNSに加えて、動画配信やオンラインコンテンツを通じてインドネシア語がさらに広く浸透しています。それでも、家庭や地域コミュニティの中では地方語が根強く使われ続けており、「学校や仕事ではインドネシア語、家では地元の言葉」という使い分けは、今も変わらない日常の姿です。旅行者としては、こうした重層的な言語環境を知っておくと、街で耳にする言葉の切り替わりにも、より敏感に気づけるようになります。
言葉を繰り返すだけ、インドネシア語の意外にシンプルな文法
| 表現 | 読み方 | 意味 |
|---|---|---|
| anak-anak | アナ アナ | 子どもたち(anak「子ども」を重ねるだけ) |
インドネシア語が多民族国家の共通語として広まった理由のひとつに、文法のシンプルさが挙げられます。その象徴が「重複形(reduplikasi)」という仕組み。「orang(人)」を2回重ねて「orang-orang(人々)」、「anak(子ども)」を重ねて「anak-anak(子どもたち)」のように、単語をそのまま繰り返すだけで複数形を作れます。動詞の活用や名詞の性・数変化を覚える必要がある言語に比べ、この「繰り返せば意味が広がる」という直感的な仕組みは、母語の異なる人々が共通語として学ぶハードルを大きく下げてきました。街の看板やメニューで同じ単語が2回並んでいたら、それは間違いではなく複数を表すインドネシア語らしい表現です。
関連記事
バリ島とジャカルタの挨拶の違いはバリ島と本土ジャカルタで挨拶はどう違う?、4言語の難易度比較は韓国語・ベトナム語・タイ語・インドネシア語、結局どれが簡単?もあわせてご覧ください。
参考
本記事で言及した情報源:
- インドネシア教育文化省(Kementerian Pendidikan dan Kebudayaan)——地方語の保存・継承に向けた出版・啓発活動を実施
- 1928年「青年の誓い」(Sumpah Pemuda)——インドネシア語を統一言語とする方針を掲げた歴史的宣言
よくある質問
Q. インドネシア語だけ覚えれば、どの島でも通じますか?
基本的には通じます。学校教育やメディアを通じて広く普及しているため、観光や日常会話に困ることはほとんどありません。
Q. インドネシア語は何語圏の言語ですか?
マレー語をもとにした言語で、オーストロネシア語族に属します。文字はローマ字表記のため、日本語話者にも比較的取り組みやすい言語です。
Q. 一番話者が多いジャワ語が公用語にならなかったのはなぜですか?
特定の民族の言語を国語にすると不公平感が生まれるため、当時は少数言語だったマレー語を中立的な選択として共通語の土台に選んだといわれています。
Q. 消滅の危機にある言語を、旅行者が守る手助けはできますか?
訪れた地域の言葉に少しでも興味を持ち、簡単な挨拶を覚えて使ってみることも、ささやかながら言語の価値を再認識する一助になります。現地の文化施設やイベントに足を運んでみるのもおすすめです。
Q. 「トランスミグラシ」は今も行われていますか?
植民地時代ほど大規模ではありませんが、地域開発政策の一環として、形を変えながら続けられている取り組みです。
Q. インドネシア語の複数形はどうやって作るのですか?
単語をそのまま2回繰り返すのが基本です。「anak(子ども)」なら「anak-anak(子どもたち)」のように、シンプルな仕組みで複数を表せます。