「ありがとう」も「乾杯」も、ただの記号ではありません。その国の価値観や暮らし方が、一言の中に凝縮されています。韓国語・ベトナム語・タイ語・インドネシア語、4言語それぞれの「その言葉が生まれた理由」を見比べてみましょう。

韓国語「정(チョン)」――理屈を超えた情け

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韓国語 정 チョン 「情け・人情」を意味する韓国独自の概念

韓国語には「정(チョン)」という、日本語に一語で訳しきれない言葉があります。よく行く食堂でおかずをおまけしてもらう、隣人が挨拶がてらお裾分けをしてくれる——そんな理屈を超えたやり取りの積み重ねが「情」と呼ばれます。「정들다(チョンドゥルダ)=情が湧く」という動詞まであるほど、暮らしに根づいた感覚です。

タイ語「ไม่เป็นไร(マイペンライ)」――怒らない文化の一言

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タイ語 ไม่เป็นไร マイペンライ 「気にしないで・大丈夫」を意味する定番フレーズ

予定が遅れても、頼んだものと違うものが出てきても、タイの人はよく「ไม่เป็นไร(マイペンライ)」と笑って返します。仏教の影響を受けた「執着しない」価値観が、日常のこの一言に表れているとよく言われます。旅先で小さなトラブルに出会ったときこそ、覚えておきたい言葉です。

ベトナム語「Cảm ơn」に添える、感謝の重ね方

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ベトナム語 Cảm ơn nhiều カムオン ニェウ 「たくさんありがとう」――感謝の深さをnhiều(多い)で表す

ベトナム語の感謝は「Cảm ơn(カムオン)」に「nhiều(多い)」を足すことで深まります。両手を合わせる仕草を添えれば、より丁寧な印象に。家族やコミュニティのつながりを大切にする文化のなかで、感謝の言葉も少しずつ重ねて伝える発想が息づいています。

インドネシア語「Gotong royong(ゴトンロヨン)」――助け合いの精神

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インドネシア語 Gotong royong ゴトンロヨン 「みんなで助け合う」という、地域社会の合言葉

インドネシアには「gotong royong(ゴトン・ロヨン)」という言葉があり、村の共同作業から日常の小さな親切まで、支え合いの精神を表します。道に迷った旅行者を周りの人まで集まって助けてくれる、というのもこの精神の表れ。困ったときに助けてもらったら、ことばで感謝を返すのがいちばんのお礼です。

言葉の背景にあるのは、宗教と歴史

こうした一言の背景をたどると、それぞれの国の宗教や歴史に行き着くことがよくあります。タイの「マイペンライ」に流れる執着しない価値観は、国民の9割以上が信仰する上座部仏教の教えと深く結びついています。インドネシアの「ゴトンロヨン」は、多民族国家として独立を果たす過程で国の理念のひとつとして掲げられてきた言葉でもあります。韓国の「情」は儒教的な人間関係の濃さを、ベトナムの感謝の重ね方は家族・親族を大切にする東アジア的な価値観を、それぞれ映し出しています。一言のフレーズの奥に、その国の成り立ちが透けて見えるのが、言語比較の面白さです。

呼びかけの文化に見る、人との距離の縮め方

4言語には、もうひとつ共通する面白さがあります。血のつながりがなくても、年齢が近い人を家族の呼び方で呼ぶ習慣です。韓国語では年上の男性を女性からは「오빠(オッパ)」、男性からは「형(ヒョン)」と呼び、ベトナム語では年上の相手を「anh(アイン=お兄さん)」「chị(チ=お姉さん)」と呼びます。タイ語では「พี่(ピー=年上)」「น้อง(ノーン=年下)」、インドネシア語では「kakak(カカ=年上)」「adik(アディッ=年下)」と、いずれも名前より先に「年上か年下か」の関係を呼び方に反映させるのが特徴です。名前を覚えるより先にこの呼び方を使えるようになると、現地の人との距離がぐっと縮まります。

「遠慮」を表すことばに見る、もうひとつの共通点

タイ語・ベトナム語・インドネシア語には、それぞれ「相手に気を遣って遠慮する」という気持ちをぴったり表す専用の言葉があります。タイ語の「เกรงใจ(グレンジャイ)」は、コーヒーを勧められても「グレンジャイだから」と遠慮してしまう、恐縮と気遣いが入り混じった感覚。インドネシア語の「sungkan(スンカン)」も同様に、人の好意に甘えることへの気後れを表し、招く側が「Jangan sungkan!(遠慮しないで!)」と声をかけるのが定番のもてなし方です。ベトナム語の「ngại(ガイ)」も、頼みごとをためらう気まずさを一語で表します。3言語がそろって「遠慮」専用の単語を持つ一方、韓国語ではこうした場の空気を読む働きを「눈치(ヌンチ)」という言葉が担っており、同じアジアの中でも人との距離の取り方を表す言葉の作られ方が異なるのは興味深いところです。

「左手」に隠されたタブー、濃淡は国によって違う

アジアの旅先マナーとしてよく語られるのが「左手」の扱いです。タイでは左手は不浄の手とされ、握手や物の受け渡しは必ず右手で行うのが基本。インドネシアも同様に、イスラムの教えで右手が清浄・左手が不浄とされており、食事や挨拶には右手を使うのがマナーです。一方でベトナムには、左手そのものを避けるという明確なタブーはあまり見られません。ただし人を指差す行為は失礼にあたるため、誰かを手招きするときは手のひらを下に向けて軽く動かすのが一般的です。韓国語圏では左右の手そのものより「両手で渡す・両手で受け取る」という所作が敬意の表現として重視されます。同じ「手の使い方」でも、国によって注目するポイントが違うのがよく分かる一例です。

挨拶にみる、体に触れる・触れないの文化差

初対面の挨拶ジェスチャーも4カ国それぞれです。タイでは胸の前で両手を合わせる「ไหว้(ワイ)」が基本で、相手の体に触れない挨拶。インドネシアでは軽く握手をしながら会釈を添えるのが一般的で、握る力は控えめです。ベトナムでは男性同士なら握手が主流ですが、女性同士や初対面の場では会釈だけで済ませることも珍しくありません。韓国では会釈に加えて握手を交わすことも多く、目上の人には両手を添えるか、片手を軽く胸に当てながら握手をするとより丁寧な印象になります。握手が主流の国でも、力強く握るよりやや控えめに握るほうが、アジア圏では好印象に受け取られやすい傾向があります。

数字にまつわる験担ぎ、4カ国での違い

漢字文化の影響を受けたアジアには、数字の「4」を避ける習慣が見られます。韓国語では「4」を意味する「사(サ)」が「死」と同じ発音になるため、病院や高層マンションでは4階・4号室が飛ばされ、代わりに「F」と表示されるビルも珍しくありません。ベトナム語にも「死(tử)」を連想させる漢字由来の数詞「tư」がありますが、日常で使う「4」は別の語(bốn)が主流のため、韓国語ほど徹底した忌避は見られません。インドネシアでも、一部の高層マンションで4階・13階・14階・24階といった階が存在しない例が見られます。一方でタイ語の「4(สี่・シー)」は「死」を意味する単語と発音が大きく異なるため、この種の忌避はほとんど見られません。同じアジアでも、数字への験担ぎは言語の成り立ちによって濃淡があるのです。

国別の文化トリビアはこちら

もっと深く知りたい方は、韓国語の「情(ジョン)」に込められた、言葉にならない優しさ、タイ語の「マイペンライ」に込められた、怒らない文化、テト(旧正月)の挨拶に込められたベトナムの家族観、多民族国家インドネシア、言語がこんなに多様な理由もあわせてご覧ください。

参考

本記事の文化的背景の説明で触れた、主な思想・宗教です。

  • 上座部仏教 ― タイ国民の9割以上が信仰する仏教の宗派。「マイペンライ」に通じる、執着しない価値観の背景として言及。
  • 儒教 ― 朝鮮半島に古くから根づいた思想。韓国語の「情(정)」に見られる人間関係の濃さの背景として言及。

よくある質問

Q. 文化的な背景を知らないとフレーズは通じませんか?
いいえ、フレーズ自体はそのまま使って問題ありません。ただ背景を知っておくと、なぜその表現が使われるのかが腑に落ち、会話の中で自信を持って使えるようになります。

Q. 4言語すべてを覚える必要がありますか?
目的の国の言語だけで十分です。他の言語の文化トリビアも、旅先での異文化理解や雑学として楽しんでもらえたらと思います。

Q. 似た言葉が複数の国にまたがって存在することはありますか?
「困っている人を放っておけない」という価値観自体は多くの国に共通していますが、それを表す言葉や強調のされ方は国ごとに異なります。この記事で紹介した4つの言葉は、その違いがくっきり表れた好例です。

Q. なぜ他人を「お兄さん」「お姉さん」と呼ぶ国が多いのですか?
血縁を超えて年齢や立場で人との関係を捉える文化が根強いためです。名前で呼び合うより先に、こうした呼び方で距離を縮めるのがアジアの多くの国に共通する習慣です。

Q. 「遠慮」を表す言葉がある国とない国で、何が違いますか?
言葉の有無が遠慮の気持ちの有無を意味するわけではありません。韓国語では「눈치(ヌンチ)」のように、場の空気を読む力を表す言葉がその役割を担っており、表現の仕方が違うだけだと考えるとよいでしょう。

Q. 左手を使ってしまったら、旅行者でも失礼になりますか?
タイやインドネシアでうっかり左手を使ってしまっても、悪気がないことは伝わります。ただし食事や物の受け渡しでは、できるだけ右手を意識しておくと現地の人に好印象です。

Q. エレベーターに「4」がなく「F」と表示されているのはなぜですか?
韓国語で「4」の発音が「死」と同じため、縁起を担いで表示を避ける建物があるからです。インドネシアの一部の建物でも、同様の配慮が見られます。